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2009年9月26日土曜日

メールが多くて自殺

こういうことがニュースになるのだから、日本とは違うお国柄だとつくづく思う。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0909/25/news087.html

 社員の自殺が相次いでいるフランス最大手通信会社の上級幹部が、スマートフォンやPCから始終送られてくる電子メールが社員のストレスになっていると語った。

 社員の自殺の原因が24時間ひっきりなしに届く電子メールにあると直接言ったわけではないものの、France Telecomのゲルベイス・ペリシエールCFO(最高財務責任者)は、BlackBerry時代に、大企業の社員は以前よりもプレッシャーにさらされていると話した。

 「今のビジネスパーソンは、CEOであれ、一般社員であれ、ランクにかかわらず常につながっている」と同氏は9月24日にReutersの取材に対して語った。

 Orangeブランドを擁するFrance Telecomは、2008年初め以来、22人の社員が自殺し、さらに13人が自殺を試みたことで世間から厳しい目で見られている。

 ペリシエール氏は、France Telecomの民営化で一部社員が明らかにかなりの重圧を受けていると語りつつも、新技術の登場によって私生活を仕事が浸食するようになっていることが事態を悪化させていると付け加えた。

 「15年前、大企業の平均的な社員は携帯電話も自宅用PCも持っていなかった。家に帰れば仕事から離れていられた」(同氏)

 Research In Motion(RIM)の人気スマートフォンBlackBerryは、米国では「CrackBerry」と呼ばれている。中毒のように電子メールを始終チェックせずにはいられないというユーザーがいるからだ。

 ペリシエール氏は、そうした習慣は、France Telecomなどの企業が認めているよりも社員に負担をかけているのかもしれないと語った。

 その結果、問題を抱えた傷つきやすい社員は「以前よりも私生活と仕事の境目がなくなってきたこと」に混乱するのだろう。

 「これはおそらく、われわれがまだ取り組んでいない問題で、France Telecomだけではなく、世界的な社会問題であり、新たな働き方が個人の行動に及ぼす影響の問題だ」(同氏)

日本なんて、遥かに悪い状況なのではないか。
何万人も自殺するような国では、「たった」数十人の自殺が問題になるというだけで、
何を問題として認識するかという社会の閾値の違いを見せつけられた気がする。

ビジネスメールの書き方だって、文化によって違う。
上下関係や取引関係に関わらず、比較的くだけた文体で書いてもよい、という文化と。
ことさらにへりくだって、申し訳ない、僭越ながら、と心にもない言葉で飾る文化と。
送ってしまったメールについて、相手からどういう返事が返ってくるか、いつも心配して待っているというのも、精神衛生に悪そうだ。

▼応答可能性

この問題を少し掘り下げて考えてみると、モバイルネットワークに結びつけられたユーザは、つねに応答可能性というものを付与されるということが言える。
ユーザは、潜在的なオンライン状態というか、オフラインであることさえもがネットワーク上のひとつの状態であるような、常に「呼び出された」存在として現れることを要求される。

この応答可能性を付与されたユーザとして生きるということは、
いつも気になって仕方がない、心が休まる暇がない・・・などなど、
人間的な経験でいえば、そういう状態におかれることを意味する。

いずれにせよ、こういうことを問題として発見できる、問題を生産しうる文化、言語の感度というものは大したものである。
われわれもまた、問題を隠蔽する決まり文句ではなく、問題を発見的に構築できるような、そういう言語を鍛えていかねばならない。技術を語るということは、そういう言葉の生産に寄与するということでもあるのだ。

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