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2009年6月30日火曜日

紙とインクと著者

「Google、Amazon CEOの痛烈批判に反論」という記事である。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/17/news042.html

 eWEEKによると、Amazonのジェフ・ベゾスCEOは6月15日に開かれたWired Business Conferenceで、Googleがブック検索をめぐって出版社と交わした和解合意に「強い意見がある」と語った。Googleは書籍をスキャンして巨大なデジタルライブラリを構築し、電子書籍を販売しようと計画しており、出版社との和解は、同社に絶版本の電子化を認めるものだ。

 「大規模な著作権侵害で賞品をもらうようなことをするのは正しくないと思う」とベゾス氏は語り、Googleと出版社の和解案を見直すべきだと主張した。

 Amazonは電子書籍リーダーKindle向けの電子書籍を販売しており、年内に電子書籍市場への参入をもくろむGoogleと競合することになる。

これは、情報と媒体の関係が入り組んで、意味不明になっている(?というか議論がかみ合わなくなっている)事例である。

グーグル側はあくまでも本を、そこに印字された文字列を、情報として捉え、それは万人からアクセス可能であってこそ情報としての価値を持つようになる、ということを言っているのである。そして、グーグル自身は、その情報としての本にアクセスするためのプラットフォームになろうとしているのである。いわば紙とインクと本を運ぶ運送業者のトラックになるというわけだ。そしてこのプラットフォームを支配することこそ、グーグルの目指すところなのであろう。

方やアマゾンは、あくまでも「本は著者に帰属する」という原則を取っている。万人からアクセス可能であること、したがって改変されたり、好き勝手に編集されてしまう可能性に潜在的にさらされることになる「情報」としてのあり方は、あくまでも著者に帰属し、著者のもとで同一性を維持する本という特異な情報+媒体には馴染まない、と考えているのであろう。

紙に、インクで沈着させられた情報から、電子の配列としての情報へ。

メディアが電子メディアに変わることで、情報の改変可能性が高まっているのである。

そのことを前提として、過去に書かれたまま人目に触れず埋もれていく本たちをどうするか、という議論を始めるか、それとも大昔に死んでしまった著者とその子孫たちを引っ張り出して、本を彼らだけの手に帰属させておくのか… どちらの情報の価値がより高いか、ということを測る尺度として、万人からのアクセシビリティということをもってくるのか、それとも著者の下における同一性の維持ということを持ってくるのか…。違う尺度に基づいて議論をしていても、事態はますますよく分からなくなってしまうのである。





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